卒業生の声

畝森泰行  Unemori Hiroyuki

畝森泰行
畝森泰行建築設計事務所
1999年 米子工業高等専門学校建築学科 卒業
2002年 横浜国立大学 卒業
2005年 横浜国立大学大学院修士課程 修了
2002-09年 西沢大良建築設計事務所 勤務
2009年 畝森泰行建築設計事務所 設立

Q1:米子高専を卒業していま思うこと

僕はいま建築を設計する仕事をしている。
大学を卒業してから14年、いつも建築について考えを巡らせ、
様々なイメージを頭の中に描いてきた。

そのほとんどが実現しないなか、何枚ものスケッチや図面を描き、
検討用の模型をつくり続けている。関係者との打合せも多く、
建主はもちろん構造や設備などのエンジニア、工事を管理する
監督や職人、建材メーカーなど様々な人たちと何度も言葉を交わす。

情報化された現代においても長い時間を費やしコミュニケーションや
思考の積み重ねの上に立ち上がるのが建築であり、何百年何千年と
変わることなく続くこの建築創造の世界に僕は大きく引き込まれた。

米子高専に入学した当初は必ずしも建築に興味をもつ学生ではなかった。
建築を学ぶことはいくつもある授業の1つでしかなく、卒業後の進路や
将来もおぼろげだったと思う。学年を重ねるにつれて周囲の友人や先生
から影響を受け、建築家という職業や現代まで続く長い歴史を知った。

次第に実物にも足を運ぶようになり、また図書館に通って作品集に載る
写真と図面を何度も見比べ想像上の空間を歩き回ったのを覚えている。

設計製図の課題が面白くなったのも丁度その時であり、知識や経験を
自分の提案へ置き換えることを必死に試みていた。何か大きなきっかけが
あった訳ではない。本を読むことや体験すること、考えそしてつくることを
通じて少しずつその魅力が浸透していったのだ。僕は自分自身の成長を
実感し、より大きな可能性を求めて大学編入を志した。

いま東日本大震災による被災地で仕事をしている。米子市の約半分の
人口77,000人の街に市民交流施設をつくる計画だ。多くの家屋とともに
市民の拠り所だった福祉施設が被災し、震災後に街なかを歩く人はほと
んどいなくなった。どの店舗も閉店し街に賑わいが消えたいま、この新しい
施設にかける市民の期待は大きい。

それは1つの建築を通じて街をもう一度つくることへの期待であり、
その街を次の世代に繋げていくことへの希望である。市長や市関係者、
そして多くの市民の声を聞くなかで改めて建築をつくることの価値を実感している。

建築はその巨大さや複雑さ故に完成するまでに多大な時間と労力がかかる。
また完成後も同じ場所に長く建ち続ける。だからこそ多くの人を巻き込み、
暮らしの一部となって街や文化そして時代の価値観をつくってきたのだ。

建築がもつこの大きな可能性を信じ、まだ見ぬ新しい建築の姿を目指して
今日も僕は他愛もないスケッチを描き模型をつくる。それは日々悩みながら
課題に向かっていた10代の頃と何も変わらない。年齢や経験を問わず建築
を創造することの楽しさ、苦しさそして自由さを僕は何より米子高専で学んだと思う。

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